本人の内面に変化があると、似合う服も変わるということ。

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妻の日記
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今日は夫に髪を切ってもらいつつ書いてる。

 

夫は若い頃から自分で髪を切っていたらしく

髪を切るのに慣れている。

 

最近私の髪も切るようになった。

もともと手先が器用なので

上手に切ってくれる。

 

それに、本人よりも

私の見た目にこだわりがあるらしい。

毎回悩まずにスイスイ切っていく。

頭の中に完成図があるみたい。

 

 

私は仕事の時以外は容姿にまったく無頓着。

仕事では服やら髪やら容姿も戦略と絡んでいるから

あれこれ考えるけど、

考えなくていいなら考えたくない。

身だしなみ、以上はあんまり。

 

仕事を減らしだしてからは、

楽なので夫にあれやこれや容姿のことはおまかせ状態。

 

 

服や靴も夫が選ぶし、

服が大きいとお直しもするし、

髪も切るし乾かすし、

ジャーマネ的な夫の見た目マネジメント。

 

仕上がりを見て満足そうにしている。

 

 

髪を切って数日は

なかなか夫と目が合わない。

顔じゃなくて頭を見てる。

 

なんでも自分でやらないで

こだわりがある人や

自分以上に力がある人に任せてみると

意外な結果になって面白かったりする。

 

 

最初、夫から

「こういうのが似合うよ」

とあてがわれる服や靴は意外なものばかりで

興味深かった。

 

 

世の中にはある程度の割合で

洋服や身に着けているものと本人の本質とがミスマッチだと

違和感をおぼえる人がいる。

 

当人の本質と「見せたい自分」が全然違うってことが

この手の人たちから見ると多いようだ。

 

夫もその手の感覚がとても強い。

 

これまた夫がしていることを側で見ながら

数年かけて視点を学習していった。

 

 

面白いのは本人の内面に変化があると

似合う服も変わるというところ。

 

今は

私がバリバリに仕事してたころには

違和感がなかった服が似合わなくなっていたりする。

 

夫本人の服も

結婚してから少しずつ変化してる。

 

 

家でも家の外でも

自分にしっくりくる服で過ごすっていうのも、

「生活が好き」の一部なんだろうなー。

 

 


 

 

 

部屋にいる時間が長いと、

どうしても目に入るものが大量生産されたものばかりになる。

 

それが気に入らない私。

 

日常でも何がしか、

まだ私が知らない「未知」に触れていたい。

 

未知、

何度見てもわからない部分を感じさせるもの。

 

 

それで一時期、

小さい額縁をたくさん買った。

 

気に入った絵のポストカードを買ったり、

本を切り抜いたりして

飾るものを増やしていった。

 

夫がそれを額縁に入れて壁にかけてくれる。

 

 

そうそう出会えないけど、

本物の絵には

まだまだ私が知らない謎の部分がたくさん感じられる。

 

見ているだけで

人生の密度を上げるための

上質な問いが閃く。

 

問いがなければ解答もない。

人生の中で問いは重要な役割を持っている。

 

 

夫が絵を飾ると、

絵の非日常と我が家の日常が合体する。

 

壁に飾られた絵を眺めていると、

夫が

部屋と絵の相性や、

壁と絵の配置を

私とはまるで違う風に把握してるのがわかる。

 

視点の違いが面白い。

 

日常と非日常に夫のセンスが加わって居心地がいい空間になる。

 

特に夫に、

こうだから飾ってくれと言ったことはない。

 

 

こっそり続いていた共同作業に慣れた頃、

ポストカードをいくつも飾った後、

ダイニングの大きな壁にそれなりの絵を飾りたくなった。

大きめの。

 

市販されている絵で大きなプリントってそんなに種類がない。

いつもすごく迷ってしまい買ったことがなかった。

 

マークロスコと迷いつつ、モンドリアンにした。

 

これも夫が壁に掛けた。

 

私は絵がかかった壁が醸し出す旨味を、

毎日享受する。

 

 

 

 

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